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名古屋地方裁判所 昭和35年(レ)21号 判決 1961年10月06日

判  決

愛知県西春日井郡西枇杷島町大字下小田井字川口三十五番地

控訴人

野田ぎん

(ほか五名)

右控訴人六名訴訟代理人弁護士

森健

一宮市八幡通二丁目九番地

被控訴人

吉田信一

右訴訟代理人弁護士

三宅厚三

右当事者間の昭和三五年(レ)第二一号建物収去土地明渡請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は一、二番とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、

被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の申出及び書証の認否は、次に記載するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにそれを引用する。

控訴代理人は、その主張する権利濫用の抗弁に関し、

一、(一)被控訴人は、別紙第一目録記載土地(以下本件土地と略称する)の南側に隣接する約三百坪の土地を所有し、右土地に、建坪百五十五坪七合三勺の鉄筋コンクリート建アパートを建築中であり、右アパート建築のために本件土地を必要とするというが、土地に対する右建物坪数比率は五十四パーセントであり、必ずしも本件土地を必要とするものではない。

(二) 被控訴人は、巨万の富を有し、右アパート建設も専らその営利目的のためになされているものであるが、控訴人等は、昭和二年、その先代野田亀太郎が、本件土地上に建設されていた別紙第二目録記載家屋(以下本件家屋と略称する)を買取り、所有して以来、引続いてこれに居住するものであり、また、本件家屋以外に資産を有しないから、適法な土地転借権を有しながら、法律知識を欠いて、右家屋につき所有権保存登記を遅れてなしたことだけのために、右家屋を収去して本件土地を明渡すことは、社会経済上不経済であるばかりでなく、控訴人等の永年に亘る居住の本拠と、生活の安定を奪うことになり、その蒙る損害は極めて大きく、被控訴人は控訴人等を苦しめるために、本件土地の明渡しを求めるものというべきである。

二、これに加えて、被控訴人は控訴人等が長期に亘つて本件土地上の本件家屋を所有してそこに居住し且つ控訴人等において本件土地家屋を所有してそこに居住し且つ控訴人等において本件土地を買受けようとしていたことを知りながらこれを買受け、前記アパート建築に着手後、工事に藉口して、本件家屋南側の下水溝を埋め、工事資材を同家屋壁際に積んで、家内の採光にも支障を生ぜしめたりまた工事現場引込電線架設のため控訴人等所有の本件家屋を無断利用するなどして、控訴人等に圧力を加え、その明渡の目的を遂げようとしている。

と附加陳述して、控訴人の本訴請求は権利の濫用であると主張し、(証拠省略)被控訴代理人は、右控訴代理人の主張事実を否認し、(証拠省略)

理由

一、被控訴人が、昭和三十二年十一月二十八日当時本件土地を所有していた訴外加藤武義からこれを買受け、翌二十九日その既の移転登記手続を了し、現にこれを所有すること、及び右土地上に本件家屋が存在し、控訴人等が昭和三十一年三月一日死亡した野田亀太郎の財産に属した一切の権利義務を相続することにより、右家屋の所有権を取得したことは当事者間に争がない。

二、そこで、控訴人等の本件土地占有権限について判断すると、(証拠)を総合すると、本件土地は、訴外高井宗一が大正十五年当時その所有者であつた訴外加藤武義の先代訴外加藤慶太郎から賃借し、同地上に本件家屋を建築中、昭和二年四月三十日これを控訴人等先代野田亀太郎に譲渡したが、地主である訴外加藤慶太郎は右事実を知悉しながら異議を述べないばかりか更に右家屋譲受後は野田亀太郎が訴外高井に本件土地の賃料を支払い同訴外人はこれを訴外加藤慶太郎に支払つていた事実が認められるから、原判決認定のように、右家屋譲渡の際に、野田亀太郎と訴外高井間に、本件家屋所有を目的とする本件土地の転貸借関係が成立し、訴外加藤慶太郎は事後的にこれを暗黙のうちに承認したとみるのが相当である。

(中略)右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、このように、控訴人等は、野田亀太郎が取得した右適法な転借権に基いて本件土地を占有していたものであるが、右土地は昭和三十二年十一月二十八日、被控訴人が訴外加藤慶太郎の相続人訴外加藤武義から譲受け所有権を取得し、翌二十九日その旨の登記手続を了したから、これに右転借権をもつて対抗するためには建物保護に関する法律第一条第一項の規定するところにより、その地上建物たる本件家屋について少くとも被控訴人の本件土地譲受登記前に登記がなされていなければならないのである。しかるに前顕乙第六号証によると、本件家屋には保存登記がなされているが、それは被控訴人が本件土地を取得しその旨を登記した昭和三十二年十一月二十九日以後である昭和三十三年十二月二十三日であることが認められるから、控訴人等は前記転借権をもつて所有者たる被控訴人に対抗できないわけであり、従つて本来ならば本件家屋を収去して本件土地を明渡さなければならぬことになる。

四、(一)そこで控訴人等主張の権利濫用の抗弁について判断する。

(証拠)を総合すると、前所有者たる訴外加藤武義は本件土地を被控訴人に売却するに際し、同人に対し本件土地を訴外高井宗一に賃貸中である旨を告知し、被控訴人も本件土地上に本件家屋及び土地賃借権が存在するが、右家屋につき保存登記がなされていないことを知つて、右土地を取得したことが認められる。

もとより、訴外加藤武義は、本件土地所有権を先代慶太郎から相続取得すると同時に、右土地上に存する訴外高井に対する賃貸人としての地位を承継し、これに伴い前記認定の訴外高井の土地転貸に承諾を与えた者としての地位をも承継するものであるから、土地譲渡に際しては、この両賃借権の存在を譲受人たる被控訴人に告知すべきであるが、たまたま後者即ち転借権の存在を知らず、これについて告知することがなかつたとしても、譲受人が譲受地上に賃借権の存在する事実を知り、これについて建物登記がなく、従つて建物保護に関する法律による保護を受けることのできないことを認識してそれを取得したことの持つ意味には、何等差異のあるべきはづはなく、この点は本件土地譲受人たる被控訴人の有したと推測される建物未登記という偶然の事実を利用して右土地の明渡を求めようという意図の徴表として、十分考慮に値いするものと思われる。

(二) 次に、(証拠)を総合すると、被控訴人は、本件土地南側に隣接する二百八十八坪の土地を所有し、同地上に四階建(一部は五階)の鉄筋コンクリート建物を建築中であるが、右建物は少くともその一部を貸事務所またはアパートとして他に賃貸する目的で建てられているものであり、また、その建坪は百五十五坪八合三勺で、土地に対する比率所謂、建敝率は五十四パーセントであることが認められるから右土地に加えて更に、本件土地を必要とする絶対的な理由があるとは考えられず、他に被控訴人が本件土地を必要とする重大、または緊急な事由についての証明は存しない。

また、(証拠)を総合すると、現在本件家屋には控訴人野田ぎん、同野田与七とその家族が居住しているがこれらの居住は昭和二年以来引続く、永年に亘るものであり、更に、現在、右家族の収入は、一ケ月金二万円程度で他に資産なく、従つて本件土地から他に移転するに足る資力を有しないことが認められ、

(三) 更に、(証拠)を総合すると、被控訴人は、前記隣接地上の建築に際し、本件家屋壁際に砂利など建築資材を山積し、或いは下水溝を埋め、または、左官工事により溢水させたりなどして、本件家屋における控訴人等の生活に、通常認容すべき程度を超えた悪影響を与えたことが認められ、(証拠)右認定を動かすに足る証拠は存しない。

(四)  もとより、前記(三)で認定したように、控訴人等は、本件土地上に適法な転借権を有しはするか前認定のように本件建物についての保存登記手続を怠つていたものであるからそれにより生ずる法律上の不利益は当然甘受すべきであるとの立論も無視すべきではなく、また、所有権など私権尊重の立前からも、権利濫用の主張をみだりに認めることは慎しまなければならないが、他方、土地所有権取得者に対し、その害意を条件として、建物未登記借地権者に対抗力を与え、これを保護しようとする「借地借家法改正要網」第二十一が表現する。借地権優先保護の思想もまた顧慮に値いするものと考えられるのでこれらの視点に立つて、叙上認定の諸事情、即ち本件土地取得に際する被控訴人の賃借権存在についての認識、本件土地に関する双方の利害得失、並びに権利者としての被控訴人の行為態度を検討すると、被控訴人の本件土地に対する必要度は、前記認定のように左程高いものとは思われず、これに対し、控被人等が本件家屋を収去し、本件土地を明渡すことにより蒙る損害はその資力及び居住の永続性などからみて深刻且つ重大であり、剰え、土地賃借権の存在を知りつつ本件土地を取得した被控訴人には叙上(三)において認定したように権利行使者としての妥当な態度、即ち信義に及し、且つ誠実なる態度を欠く行動が多々あつたものといわざるをえない。

これら諸点を併せ考量し、慎重に判断すると、被控訴人の本件建物収去土地明渡請求は、一応権利行使としての外形は有するが、実質的には権利行使としての妥当性を欠き、所謂、権利の濫用にあたるものというべきであるから控訴人等の本件土地占有を排斥する力を有しないといわざるを得ない(なお、本件のように被控訴人の所有権行使が、権利の濫用として許されない場合の、控訴人等と被控訴人間の法律関係について附言すると、被控訴人は控訴人等の有する土地転借権が建物登記により対抗力を有すると認められる場合と同じく、前所有者たる訴外加藤武義の有した適法なる土地転借人に対する地位を承継し、従つて両者間には土地賃貸人と転借人との法律関係が成立するものと解する。けだし本件のような場合、両者間の関係は一種の放任状態として放置し、専ら不当利得の理のみでこれを律すべきではなく、権利濫用による所有権行使の排斥を対抗力具備の場合と同視して両者間に適法なる土地使用上の法律関係の成立を認めることは可能且つ妥当であると認められるからである。)

このように、控訴人等主張の権利濫用の抗弁は理由があり、被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであるから、これを認容した原判決は、これを取消し、被控訴人の本訴請求は棄却することとする。

よつて民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

名古屋地方裁判所民事第三部

裁判長裁判官 木 戸 和喜男

裁判官 川 端   浩

裁判官 上 杉 晴一郎

第一、第二目録(省略)

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